こざかなの素

治療&療養で気ままな生活≒現実逃避中

南方的日子(7)終~中国留学の記録~

【1997年1月】

1月1日(水)

元旦である。新たな一年の始まりの日は午前中いっぱい眠り、午後はZと陶園(大学構内にあるレストラン)で昼食。1月とは思えない暖かさ。というか暑い。
食後部屋へ戻ってテレビを見ているうちに眠くなり、ソファでウトウト。気付くと夕方。年の初めからぐーたらである。

 

1月3日(金)

N小姐*から夢占いの本と泉麻人氏のエッセイが届く。非常高興!

*日本の友人

 

1月4日(土)~5日(日)

日本と香港から友人たちが広州へ遊びに来た。出迎えに初めて来た広州東駅は思ったよりきれい。
広州班二人と来客三人の計五人で観光地巡り、茶の試飲、広州酒家でゴハン、珠江ほとり散歩、広州賓館の夜飲茶の後、午前様で0時半頃回家。
翌5日昼は世界貿易大厦の飲茶、その後タクシーに分乗し白天鵝賓館で合流、沙面散策、清平市場見学。その後再びタクシー分乗で南越王墓見学。
来客は18時の火車で帰るので、来た時と同じく東駅へ向かう。切符を買って見送り。あっという間の二日間であった。

 

1月8日(水)

午前中は読写の復習だけなので今日は気楽。復習なのに習ってないのも出てきて?と思いつつノートをとる。が、途中で眠くなり字が踊る。
部屋に戻ると相変わらず寒い。午後もだらだら、寒くて勉強する気にならず、ストーブにへばりついて読書。夕方頃から明日の試験に備えて勉強(ノートを写すだけ)。
夕食はとらず、夜になってから本格的?に勉強。

 

1月9日(木)

昨日より寒く、試験は震えながら受ける。読写は簡単なのか難しいのかよくわからない。作文が怪しい・・・。聴力は最初の二問は???であった。変なところはしっかり聞いているのに、大事なところは聞き逃した感じ(“どこ”で餃子を食ったかわからん~)。聴力は前回の成績を明日W老師に伝える(クラス分けの為?)。
昼食後コンビニへ。帰ってきても、もう冬休みかと思うとだらりとしてしまう。昨日と同じようにストーブの前にうずくまり読書。ふと気付くとまわりが薄暗くなっていた。

 

1月15日(水)

今日も終日呆然と過ごし、14時過ぎに羽毛球で外に出る。
庭の銀木犀の香りが屋上まで届き、少々枝を失敬する。やっぱり南国は良いなぁ・・・。
何だか冬休みに入ってからは一日の大半を考え事で潰している。

 

1月21日(火)

洗濯を済ませてから11時頃外出。1月なのに歩いているだけで暑くなってくるような気候。バスで火車站へ行く。
駅前の人込みをかき分けて售票処(切符売場)を探す。旧正月前だからか、それとも毎日こんな調子なのか、とにかくものすごい人山人海である。しかもみんな大きな荷物を抱えて、更にみんな汚れている。そしてみんな怪しく見える・・・。一瞬たりとも気が抜けず、その上售票処も探し、更にあの人込み。
結局切符は買えず疲れただけで、バスに乗ってJUSCOへ移動。天河広場と駅前は天地の差である。

+++追記+++
広州駅付近は地元の中国人も近づかない危険エリア”・・・と某ガイドブックには記載されていますが、気をつけてさえいれば問題はなかろうかと・・・。
ただ日本にいる感覚で駅前を眺めると、ちょっとばかし衝撃的なモノを見てしまうことがあるかもしれません。
(人間とは?ということを考えさせられる光景を目の当たりにしました・・・)

 

1月25日(土)

電話が鳴り目が覚めた。「××公司か?」というおやじの間違い電話であった。今日も引き続き寒い。
18時に陶園での夕食の後、20時半頃Sさん*から電話。29日に帰ると言うので処分する家財道具その他をもらうことになった。21時過ぎに石牌の自宅にお邪魔して不要物を買い取る。同行したZは部屋が欲しい、と言っていた(同感)。

*日本人留学生.広州市内で賃貸暮らし

 

1月27日(月)

何も予定がないとだらだらと眠ってしまう。昼過ぎ起身。14時半頃Sさんが再来。新たに木箱(大きい!用途不明)をもらう。屋上でZと話しているところへSさんが来てそのまま談話。Y君*からお金を受け取らなければならないが両替で外出中なので、その間二時間近く三人で談話が続く。
Sさんとたくさん話したのは最初で最後になってしまった。宴会で大騒ぎが好きな人かと思っていたが、物静かというかおっとりした人で、名前もひらがなで書く方が似合う(?)好青年であった。

*日本人留学生.専家楼住人

 

1月29日(水)

久しぶりに朝6時台に起きた。朝は少し寒い。
陸橋を渡り、東莞行きのバスを待つ。途中何台か見送り、まだ空いていた12元バスに乗る。
バスの揺れは凄まじく乗物酔いをする人は乗れないな、と思った。一時間ほど走り、途中でバスの掃除?も兼ねて休憩が入る。再び出発、更に一時間ほど走って東莞に到着。
バス停で地図を見て現在地を確認し、「可園」という庭園を目指す。今いる場所がわからないことには動きようがないので、一人のリヤカーおやじに尋ねると、その他のリヤカーおやじが集まってくる。それにしてもあんな小さな台に二人も乗れるわけないだろが、と思いつつ、おやじたちを無視して歩き出す。途中で商店の人に尋ね、地図で道路名をチェックして進み、やっと目的地に到着。
中は中国風の庭園。うろうろうろと歩き回り、お腹が空いて昼食は四川料理。辛いけど美味!
帰り道は来る時に降りたバス停の対面でしばらく待ち、15元バスに乗る。まだ席に余裕があったので、バスは二回ほど裏通りを20分ほどぐるぐる回って客を詰め込んでからようやく出発。
久々に遠出して今日は爆睡出来そう。

+++追記+++
Zとプチ遠足。
可園:広東四大名園のひとつ・・・だそうです。あとの三つって何処でしょう?
東莞は日系など外資系企業の工場が多い街です。

 <ここまで>  


 おわりに 

日記はまだまだ続くのだが、外付けHDDに残っていたのは1997年1月分まで。
この後にも春節に日本から友人が訪問してくれたことや、小旅行や体育節、香港返還記念マラソン大会など、いろいろイベントがあったのだが、もとの日記帳からデジタル化していないのでひとまずここで終了。

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修了証書(サイズ比較対象はスマホ

数年ぶりに読み返してみて、我ながらかなり雑な日常を送っていたな、と感心してしまった。楽しいことばかりではない、短い中国生活ではあったが、今となってはとても良い思い出である。
出発時に香港まで同行したSさん(春節に遊びに来た人)以外はみんな音信不通になってしまったが、ネットやSNSが当たり前になった今なら、どこかで再会出来るかもしれない、とふと思った。
お世話になった人々が元気でいてくれることを願う。