こざかなの素

日常の出来事や趣味のことを綴っています

闘いの始まり-2018.5.26

5月の連休明けから本格的に仕事を探すか、と思い、その前に数年前から体調(身体)で気になる箇所があったので、一応検査してもらおうと近所のクリニックで診てもらった。
自分でもうすうす覚悟は出来ていたのだが、あらためて医師の口から聞くとやはりその衝撃は大きかった。
(あまりの衝撃に、その日のうちに書き溜めたブログや始めたばかりだったツイッターも削除してしまった)

その日を境に自分の将来、心構えが変わったが、激しい痛みといった自覚症状がないので(身体の一部に病変は見られる)、まだ心のどこかでは半信半疑な自分がいる。
先日、精密検査の結果が出たが、まだ検査は続く。その結果如何によって診断確定、治療方針やスケジュールが決まるのである(たぶん)。

この病気は完治しないうえに、生命を脅かす厄介な代物だ。長期間(生涯?)薬のお世話にならなければならないものである。
(病名は今は記載したくないので伏せておく)

身体の自由が利くうちにあれをやらねば、これをやらねば、と、待機時間もそれなりに動き回っているが(ホントに病人なのか?と思うくらい)、頭の片隅には常に病気への不安が居座り、この先自分はどういう目に遭うのか、どのくらい苦しむのか、仕事はどうするのか等々、ふと気付くと怖いことばかりを考えるようになっていた。

マイナス思考は身体にも悪いし、笑いが免疫力を向上させるということも分かってきているので、半分無理矢理にでも楽しいことを考えよう、好きなことをやろう、と思い直し、衝動的に消してしまったブログを再開した。

同じ病気で苦しんでいる人や、自分より病状が重い人も果敢に闘っている、仲間はたくさんいる、というのが、今の自分の励みになっている。

 

ブログの書き直しで、「そういえば、ワンダ、ずっとやってないなぁ」と思ったら、クリアデータ上書きで消えたNormalモードが3体を残したまま中断している状態ということも忘れていた(ゲームやってる場合じゃないんだが)。
治療スケジュールが決まっていないことが何となく落ち着かなくて、どっしり構えてコントローラを握って遊べないのが何とももどかしい(ポケ森はお手軽なので毎日やっている)。
ツイッターも、数少ないツイートをまるっと消してしまったので、ぼちぼち復活させたい。というか、ワンダを立ち上げないと用途がない。

 

「病は気から」と言われているが、こうして趣味に没頭している間に体内で悪さしている奴らが消滅してくれないだろうか、と今は切実に願うようになった。
少し先の生活すら見えないということが大きな不安になっているが、目の前にあること、出来ることから少しずつやっていこうと思う。

(2018.5.26「闘いの始まり」)

 

当時の記憶がよみがえります。
この時は何十年も保管していたマンガ、CD、Boxで大人買いしたDVDなど多くの趣味関連の雑貨を処分しました。
自分にとって大切なものでも、本人がいなくなればただの「ゴミ」です。
いつか使うかも、で残しておいた使いかけのノートやメモ帳、挫折したインドネシア語の教本や飼ったこともない熱帯魚図鑑とか、出てくる出てくる。物への執着心が消えると心が軽くなる、というのを実感しました。

そして告知から2年半ほどたった今、再び物が増えてきました。
人は忘れる生き物なのです……。