こざかなの素

療養という名の巣ごもり

どんな気持ちなのか気になる

ツイッターで「個人の自由」が話題になっていた。
気になって見てみたら

とあるレストランで予約した男女2名のお客様が注文した料理にほとんど手を付けず、GOTOのポイントを利用して帰っていった、とのこと。
残った料理のお包みも辞退し、「差し支えなければ理由を」との問いにも「個人の自由ですよね?」との答え。
一口も食べていないのにお客様は「美味しいですよ」「食べてます」。
時間をかけて仕込んだ料理、一口だけでも食べて欲しかった、という悲しみのツイートだった。

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この出来事の反応が凄まじい勢いで展開されており、自分も興味を持っていろんな人のツイートを追ってみた。
圧倒的に多かったのが
「食べ物を粗末にするとはけしからん!」
という意見。
他にも「作った人に失礼だ」「客の意図が分からん」

あまりにも反応ツイートが多くて全部は読めなかったが、目に出来た範囲では概ねどの意見も納得出来た。

 

分かる。分かるのだが、もう一歩踏み込んで考えてみた。
今自分はそこに書かれているお店の人の思いと状況しか目にしていない。
限られた情報だけで、多くの意見を見て納得している。
しかし、予約してまで店に訪れたお客様の事情は全く分からない。
お店の人の文章からは、男女2名のお客様は若い人なのか年配の人なのか、年代すら不明なのである。

 

注文(ましてや予約までした)料理に手を付けず、お包みも断り、その理由も言えない背景には何があったのだろう?
「個人の自由です」としか言えない事情。

食べ物を粗末にするとは!
料理人に対する侮辱だ!

分かる。分かるけど。

例えが陳腐でなんだが、AちゃんとBちゃんのケンカで、Aちゃんの言い分だけ聞いてBちゃんが悪い!と第三者が決めつけているのに似ている気がした。

 

大事なのでしつこいけどもう一度書いておく。

食べ物を粗末にするな!
作った人に失礼だ!

分かる!すごくよく分かる!

 

自分が気になるのは
「お客様の事情」と同時に「お店の人がどんな気持ちでツイッターに投稿したのか」
である。

こんなことがあって悲しくて誰かに聞いてほしかっただけなのだと思うが、ツイッターが怖いのは、文中のある一部分だけがクローズアップされてしまうところである。
今回は自分も「個人の自由」という一語に引っ張られてしまった。

 

もう一度、お店の人のツイートを読んだ。
そのお客様に対しては憤りの表現はなく、ただただ悲しい。。。と。
(一口も食べてないのに平然と…との記載があるので個人的には微かな憤りを感じるが)

 

その後お店の人はツイートが伸びたことを気にされ、削除検討、とのつぶやきにも賛成派と反対派が……。

残すも消すも、それこそ「個人の自由」では?
(と部外者は突っ込みたくなってしまった)

 

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